従軍慰安婦だとか、靖国神社参拝だとか。

…正直、(過激な人の反応が)めんどくさいので、ノーコメントって言うのが私の基本的な方針だと思って頂いて結構なのですが(の割にその手の話を何度か書いた気がしますが)、まあ昨今妙に盛り上がっているようですので、もう一度自分の頭の中の整理の意味も兼ねて少しだけ。



従軍慰安婦とかの話
「無かった事をなに広げてるんだ!」とおっしゃる方はいらっしゃいますが、ここで勘違いしちゃいけないのは、「従軍慰安婦」的な存在が居なかったという訳でもなくて、「日本軍による強制徴用」というのは事実無根だって話。
実際問題として、職業としての慰安婦は居たようですし、ちゃんと給与は払われていたとの事。…なのですが、現在の世にある風俗業界でもあったりするように、表向きは「本人が納得してその場に来ていた」という事にはなっていても、実際は…という事があるかもしれないという事くらいはアタマの中に置いておいてほしいと思います。
もちろん、軍としてやったことでないのは事実だとは思うのですが、万が一そのような(本人を無理矢理納得させたような)例が、軍の知らぬ所であっても起こっていたとしても、ご本人としては日本軍の関係者を恨むでしょうし、実際最大の顧客であった日本軍に非が無いかと言えば大アリでしょう。
それについて開き直っていると思われるような言動は慎んだ方がいいですし、実際その辺は安倍首相自身も理解しているはずですし、私は首相のそれに類した国会答弁の中にそれらの方々への哀悼の意は含まれていると思っているのですが、ご本人または遺族の方に伝わっているかというのは別の話です。
だからといって、事実無根なアシがついた話までも、本当の話として受け入れて良いかと言うと、私はそうは思いません。韓国や中国に限らず慰安婦は日本軍が戦争をしていた各地にいたと思いますし、実際に(日本軍が関与していないとしても)その件について悲しい思いをした人の考えると、「嘘」の情報について丸呑みして認めるというのは、その他の慰安婦をされていた人に対する裏切りかと思いますし、いままでの「戦争に対する謝罪」を虚構のものにしない為にも、そこはしっかりと検証しなければいけないかと思います。
なので、現在の日本政府側の対応は真っ当だとは思いますが、残念ながらお互い人間である以上、理屈や決まった概念だけて動けるものでもありません。そこが人間の良いところでもあるのですが…。

靖国神社参拝の話
アメリカの事情をまったく存じ上げていないので勘違いしているだけかもしれませんが、日本ではアメリカでいう「アーリントン国立墓地」のように宗教と切り離された慰霊の施設がなく、神道がごく当たり前のように定着している長く続いた歴史の関係上、慰霊の対象である戦没者が靖国神社に祭られているという事情があるために、その場所が靖国神社になっているだけで、その思いや考え方は、アーリントン国立墓地のような施設に献花される方とあまり変わらないかと思います。似たような施設のある国は他にもあるでしょうし、そういう意味では(少なくともアメリカの方とは)話せば通じる部分だとは思うのですが…。
という話をすると、「A級戦犯の分祀」だとか、「別の国営の慰霊施設」という話が出てくるとは思うのですが、個人的には日本人の性格やメンタル面に合わないと思いますし、正直な話、それにおいて解決するように思えないのです。
だって、指揮をしていたのは上の方の人間だとはいえ、直接被害を受けたのは現地に行っていた日本軍の各部隊。かたきは当時の日本や日本軍であって、A級戦犯とされた人達かというと必ずしもイコールではないのではないかと思うのです。A級戦犯の方についても、「現実に主導的に指示を与えていた」というよりも「誰かが責任をとらないと示しがつかないので、納得してもらえそうな人をピックアップしてきた」ように思えて仕方が無いので…。(勉強不足なだけかも知れませんが)
第二次世界大戦中、理由はどうであれ、アジア各国の皆様にとんでもない事をやってしまったのは事実です。それについて開き直ってはいけませんが、本当に思いがあって靖国神社に参拝する分には、同じ日本人として悪い事だとは思えません。
ただ、それなら何故に年によって政府関係者の人数が増えたり減ったりする訳なんでしょうか。参拝そのものよりも、参拝理由に「過去の過ちを反省し…」といっている癖に、配慮のつもりかもしれないけど政府関係者が行ったり行かなかったりしている事が余計に印象を悪くさせている気がしたり…。

すべての感情を想像し理解できるかというと、どうしても自分自身に経験の無い事に関しては、過小評価になりがちかとは思うのですが、自身に置き換えてみて、仮に、自分の大切な人が無残な殺され方をされたり、殺されるまではいかなくともその後の生活に支障がでるような尊厳を踏みにじられるような行為をされた場合に、そう簡単に許すことができるかどうか?という事です。憎悪とか感情ってそんな簡単なものじゃないのでは?と。
違う事は違うと主張しなければいけないという事については同意するのですが、にしても、もうちょっと言い方があるでしょうに…。と言いたくなる主張をここのところよく見かけますので…。

長文の割に雑な文章なので、ひょっとすると疑問も湧いてくるかと思いますが、おそらくご質問頂いても碌な回答は返せないかと思います。
それ故に、コメントやトラックバックは歓迎しますが、それに対するレスポンスは期待しないで下さい。

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