踏切内で倒れていた男性を助けようとして亡くなった女性の件の報道をみて思うけど。

現状、ニュースで流れているので、あえて何のことかと言わなくとも判るかと思うのですが、ざっくり言うと数日前の、「父親の運転で移動中、JR横浜線のとある踏切で、倒れている男性をみつけた、女性がその男性を助けようとして、電車にはねられて亡くなった。」というニュースの話。ご冥福をお祈りします。って話なのですけども、どうも解せないのはどのニュースでも、「その」父親へのインタビューが放送されている事。



だって…、目の前で直前まで話をしていた娘を亡くしたのもあるだろうけど、止められなかった事に対する葛藤と、本当に自分に娘(と娘が助けようとした男性)を助ける手というのがなかったのかっていう葛藤があるんだろうというのは、想像がつきますし、そんなん昨日の今日で頭の中の整理がつきますかって。それをですよ?よってたかって各社がインタビューに行くとか。どうも解せないのです…。

真実を伝えるためには、時には非情になる部分も必要なのかもしれないのですが、「そこ」の非情って必要なんでしょうか。

まあ、毎度の事と言えばそうなのですが、それが毎度というのが悲しいというか情けないというか…。

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